白いオオカミの遠吠え

物語

空は重たい雲でとうとういっぱいになってしまいました。

人間達の心からはみ出した感情は
吐き出す息と共に煙となり
モクモクと空に上昇していくと雲にまとわりつきました。
空の隙間は埋め尽くされ
ギューギューという何かをひねり上げるような
不気味な音と稲光が空を走っていました。

世界の時間も空に合わせて走り
早送りの時間の中で
人間達はあっという間に年を取り死んでいき
次々に新しい命が誕生していきました。

空がもうこれ以上満杯になると世界に落ちそうだというので
月は世界の時計を止めて
全ての重たい雲を背負い
時間の彼方へと姿を消してしまいました。

そして太陽は沈むことをやめました。
それからというもの
毎日毎日明るい灼熱の空が続いています。

朝も夜も消え
一日の終わりが無くなってしまった世界で
人間は老いることが出来なくなりました。

世界は時間が止まってしまった事で得られる
永遠の可能性に満ちあふれていました。
人々は喜びました。
手を取り合い踊り
唄をうたい
歓びを分かち合いました。

森に住む白いオオカミは月がいなくなり悲しくなりました。一日の終わりには月に話しかけていたのです。

月はどんな話しも穏やかに聴いてくれました。
特に返事もありませんでしたが
それでも白いオオカミは心底安心するのです。

月がそこに在る

月が出ていない晩も
月はちゃんとそこにあるのだとオオカミは知っていました。でも黒いオオカミに会えないのです。

月の出る晩は夢の中に黒いオオカミがやって来ます。
夢の中で2匹はいつも一緒にいます。
黒いオオカミの声はとても低く地面が轟きます。
その震動で白いオオカミはぐっすりと眠りにつき
2匹は寄り添ってぐーぐー眠ります。

白いオオカミは太陽に向かって吠えることにしました。

小高い丘の上に立ち
月に会えない悲しさを歌にして、吠えました。

太陽はにこにこしています。
どんなときもにこにこしています。
白いオオカミには太陽の光はまぶしすぎました。

白いオオカミは目が痛いのを必死にこらえ
「少しの間で良いから月が見たいです」と
毎日毎日叫びました。
白いオオカミの心には哀しく儚い灰色の音色が鳴り響いていました。

一方、人々は歌うことや踊り明かすことに飽きてしまい、コンコンと眠りたいのだけれど
空は毎日明るいのでなかなか寝付くことが出来ませんでした。

深く眠れなくなった人間たちは
神経が高ぶり常にイライラしていました。
世界のあちこちで争いが起こり
争いはいっそう激しくなり人間達は殺し合いを始めました。

争いにおびえた12人の子供達は人間達から逃げ出しました。

12人の子供のうち2人はまだ赤ちゃんです。
子供達は代わる代わる
赤ちゃんをだっこしながら森に逃げてきました。

眠くても
こわくても必死で走りました。

しばらく走ると
森が見えてきました。
森の中は木がうっそうと生い茂り
ひんやりとしていました。
久しぶりの仄暗さに子供達は落ち着いた様子で
大きな木の根元に横たわり少しだけ休みました。

いつの間にか子供達はすやすやと眠ってしまいました。
熊やきつねフクロウやウサギたちは
協力してたくさんの落ち葉をあつめ子供達の上にかぶせました。

ウサギやリスたちは子供達が寒くないようにピッタリとくっついて
赤ちゃんは狸のお腹の上に寝かせました。

熊ときつねは子供達の為に木の実や果物を沢山とってきました。

一人の子供が目を覚ますと続けてみんな目を覚ましました。

熊が差し出してくれた木の実をおそるおそる受け取り
食べてみると
美味しくて美味しくて夢中で子供達は食べました。

お腹もいっぱいになった頃
白いオオカミの遠吠えが聞こえ始めました。
オオカミは毎日決まった時間に叫びます。
それは深い深夜の時間帯なのですが
太陽はまだ燦々と地上を照らしていました。

白いオオカミの声を聴くと
熊は祭りの準備に取りかかります。

神輿は手先が器用な熊が作りました。

丸い大きな切り株を引っ込抜いて
胴を作り両側に丸太をくっつけて
花を編みきれいに飾り付けました。

神輿からは色とりどりのお花の匂い、木の香りがしてきます。

森では毎日お祭りがあります。
神輿を担いで湖の周りを回ります。
以前は暗い深夜に行われていました。

お祭りの時には赤い提灯を持った猫たちが
暗い湖の周りを照らしてくれていましたが
今ではその猫たちもすっかりいなくなってしまいました。

森の動物たちは音楽が好きです。
リスは笛を吹きます。
狐はギターを弾き
狸は太鼓を叩きます。
そして小鳥は歌が得意です。
それぞれの動物たちが
好きな楽器を持ち寄って
音楽を奏でます

赤ちゃんを中央の胴にのせて
「どっこいしょ」
と熊達が神輿を担ぎます

子供達は動物たちの奏でる音に合わせ
踊りを踊りながら神輿の後に続きました

「わっしょい
わっしょい」

神輿の上の赤ちゃんが
泣き出すと
小鳥は赤ちゃんの足に止まり
歌いました。
すると赤ちゃんは泣き止み
きゃっきゃと笑い始めました。

遠い彼方からは白いオオカミの遠吠えが
ずっと聴こえています。

祭りが終わる頃
ついに争いは激しさを超え
人間たちはみんな死んでしましました。
怒鳴り声や大砲の音が聞こえなくなり
世界は静かになりました。

あたりにはフクロウのなく声だけが響いています。

白いオオカミは今度はもっと高い山の上から太陽に叫びました。
静かになった世界で白いオオカミの叫びは地球を一周しました。
「月を戻して」

すると太陽は
「ちょっと待ってて」

そう言ってくるっと後ろを向きました。
太陽の後ろ側は灰色でした。
世界はたちまち灰色になりました。

「カチッ」
という音が空に響いた後
世界の時計が動き出しました。

ちらちらと雪が降り始め
森はどんどん白くなり
久しぶりの景色に森はざわめいています。

太陽が隠れたのは
実に248年ぶりのことでした。

雪が降り積もる中
世界はどんどん黒くなり
月が輝き始めました

白いオオカミは
うれしくて
うれしくて
なんども月に向けて
遠吠えをしました。
空気が揺れ地面が轟きました。

12人の子供達は空気のゆりかごに
ゆらゆら揺られ
ぐっすり眠りました。
動物たちもぐっすり眠っています。

世界中が眠りについた頃
猫が眠りから覚め
提灯に赤い火が灯りました。

月はおだやかに森を照らし

白いオオカミは長い間吠え続け
空気のゆりかごを揺らし続けました。
その遠吠えは夢の中にまで届き雪を降らせ
きらきらと真っ白に輝いた夢の世界を
黒いオオカミはお散歩しています。

夜空には世界の時計の音が響いています。

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