なつこ 猫じじい編

短編

学校の帰り道、細い路地を入ると右側に少し傾いたとても古い家がある。今にも崩れてきそうで、かつては白かったであろう壁には苔がびっしりと生え、雑草だらけの庭にはいつもたくさんの猫がいる。

ちょうど通りに面している家の縁側にはいつも猫と猫じじいが一緒に座っていた。

なつこたちの帰る頃、縁側に座りたくさんの猫たちに囲まれ「おかえりー」というのである。

手にはいつも猫の絵が描かれた缶詰がある。

今日は朝から雨が降っていた。じめじめするし、なつこの頭は爆発していた。

そんな日もある。

朝学校に着くと、ちらっとなつこの爆発した頭を見て、そんなことより!って顔をした太郎が「猫じじい猫を食べてるらしいよ!」と言い出した。太郎は先日、猫じじいに「ボンボンアイスあげるからおいで」と呼ばれ、あの苔に覆われた縁側から家に上がったらしいのだ。家の中は、もっとたくさんの猫がいて、食器棚の上に6匹の猫がいたのだけど、太郎が家に上がるとみんなニャーニャーと甘えた声を出し、たくさんの猫からスリスリ攻撃を受けたのだと。

猫じじいのお家はとても臭くて、そこら中で猫がおしっこをするものだから、壁や畳にはシミがたくさんあった。

「こら。ゴン太、やめなさい。」

猫じじいが開けた冷蔵庫の中に入ろうとするゴン太。

ゴン太は白黒の額が八に割れており、小さな顔に大きな体がなんとも愛らしい。

「全部の猫に名前があるん?」

「全部に名前があるよ。この子はミケ。この子はドラミ、この子はたま、そっちの灰色の子はスカイや!」

猫じじいはいつもニコニコしているのだけど、その時は愛しくてたまらないと体全体に愛が充満していた。

「なんでこんなに猫がおると?」

と太郎が聞いた瞬間、猫じじいはにかっと前歯のない口を開け、

「それはな、猫を食べるためだよ」と口に人差し指を当て、シーと内緒の合図をした。

緑のボンボンアイスをもらった太郎はヒヤリとして、ぶるっと震えた。

「猫の肉は柔らかくて、甘くて美味しいのさ。今度食べにおいでーわははは」

と笑いながら、太郎の肩をポンポンと叩いた手がまるで猫のように丸くって、肉球の柔らかさを感じた。目は猫のようにキラリと光っていた。太郎はボンボンアイスだけはしっかり持って、早々と猫じじい家から退散した。

「猫じじいはやっぱり猫だった。そして猫を食べる!つまり猫を食べる猫!」

太郎はこれは事件だと、甘い甘いボンボンアイスを食べながら少しワクワクしていた。

みんなは「うそやん」といったが、あながちうそでもないかもと思ったのだ。だって猫じじいの猫って入れ替わりが激しいもの。今週の顔みたいな真っ白い、まるで雪の妖精のような美しい猫がいたかと思えば、次の週には顔に傷がある殺し屋のような大きな黒猫が現れたりするのだ。

真相を確かめようと、帰りにみんなで猫じじいの家に行くことになった。

猫じじいはいつも通り縁側に座り、猫のイラストの缶詰を手に持っている。

スプーンですくって猫たちにあげて、その後、猫じじいも食べるのだ。

猫じじいは猫の缶詰を猫たちと一緒に食べているのだ。

「猫じじい、猫食べるんやろ?」

と一番背の高い隆が聞いた。

隆は6人兄弟の末っ子だ。自己主張は得意だった。

「ああ、食べるとも。この缶詰がそうさ。わははは」

「それ、猫の餌やん。猫の肉やないやん」

とちょっと息を荒く隆が突っ込む。

「これは猫の肉になるんや。それやったら、猫の肉を食べよるのと一緒や。これは猫の命になって、わしも猫の命を一緒に食べよるんや。」

なつこたちは目が点になった。小さな脳みそをフル回転させて、なるほど!!とみんなが

「おおおお」

とうなった。この缶詰は猫の命になって、猫じじいも猫と一緒にその命を食べているのか。

その夜なつこは考えた。

なつこが毎日食べているものもなつこの肉になって命になるから、それを一緒に食べているお母さんやばーちゃんもなつこを食べてるってこと?

そしてなつこも、お母さんを食べているってこと?食べあったら、どうなるの。

お互いに食べ合って命を混ぜているから、家族なんや。お互いに食べあって、同じものを食べている家族なんや。みんな一緒のいのち。家族は一緒にご飯を食べないとダメなんだ!命を一緒に食べないとダメなんだ。猫じじいすごい!

だから猫じじいと猫たちは家族なんや。猫じじいの命も猫の命も同じなんや。

なつこは猫じじいのニカッと笑う顔を思い出した。小さな猫じじいの目はキラリとしていて深い湖の底ようにとても暖かくて、手は小さくて猫の手に似ていた。

そこにはいつだって猫がいた。猫たちはいつも猫じじいと一緒。

なつこは今日は月が出ていないことが悲しかった。

お月様に話たかったのだけれど、星があんまりにも綺麗だっから、夜の空気に乗せて、今日のお話をした。

そこには命があって、あったかい何かがあるってこと。

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